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#64 セミナーに参加することについて

「セミナーにお金をかけても意味ない」「何万円もするセミナーに参加するのはおかしい」といった意見を見聞きすることがあります。結論から言えば、参加者と目的によるということになると思います。ですから、外野からはわかりません。

「誰が講師をするのか」「どのような内容なのか」ということは、もちろん重要な要素です。例えば講師の著書を読めば全て書いてあるようなことであれば、参加費と交通費を払うよりも、本を買って何度も読めばよいというケースもあると思います。

しかし一概にそうとは言えないかも知れません。例えば、読み手の解釈が著者の伝えたいことと違うことが確認出来たり、行間について詳しく話を聴けることもあります。本当に著書の内容そのものを話すものもあるかも知れませんが。

あるセミナーに参加した時に、講師が外国人(どこの国か忘れました)で、通訳は資料の文言そのままを読み上げるスタイルだったことがあります。それは流石に時間が勿体ないと感じましたけど(残りのコマがありましたが帰りました)。

内容が実技だとすると、講師の技術を体感したり、それぞれの参加者を含めて差異を実感したり、フィードバックを受けるなどの機会があります。出来ているつもりでも、そうでないことに気づくこともあります。

「実際の臨床でない条件では意味がない」という意見もありますが、いわゆる健常者に対してまともに出来ないものを、患者さんにぶっつけ本番でやってみるのはどうかなと思います。もちろん、そのまま使えるとは限らないわけですが、それは知識にしても同じです。

長期間に渡るコースを受講していると、明らかに参加者の技術が上がっていると感じることがあります。「コースを受講しているから」とは言い切れませんが、実際の臨床で活かしながら時々チューニングを合わせるという感覚の人もいます。

セミナーの値段についてですが、どれくらいが安くて、どれくらいが高いのかという基準も難しいと思います。理学療法士の給与を基準に考えると、給与が少なければ高いと感じる基準も相対的に低くなるかも知れません。

理学療法士の給与ではなく単位で考えると、例えば脳血管疾患等リハビリテーション料Ⅰは、一単位につき245点(2450円)です。1時間7,350円ですから、それだけの価値があるものを提供出来ているのかという視点もあると思います。

例えばその視点で考えると、理学療法士の給与を基準にするよりも、セミナーの値段の高低の感覚は違ってくるかも知れません。もちろん、どの視点で考えることが正しいのかという話ではありませんし、これは掘り下げていくと複雑な話になります。

セミナーがたくさんあって、その質もピンキリだということは、実際のところあると思いますが、最初から本当に必要で質の高いものに行きつくのは、難しいかも知れません。これも経験からの学習と言えると思います(もちろんセミナーに参加することが前提という話ではありません)。

セミナーの講師や質や値段云々の話ではなく、セミナーに参加すること自体を否定する意見に対しては批判的な立場です。臨床に限った話をすれば、「結局臨床はどうなのよ?」ということが問われると思います。

勝負事ではないですし、職場のケーススタディなどを除いては、同じ対象者に対する臨床を見せ合うことはないでしょうから、高みからそれらしく批判するのでしょうか。批判するからには、やって見せられるということですよね。

論文を読む、研究する、色々な手段があるわけで、○○だけで十分というわけではないと思います。セミナーももちろんそうです。ただ、「よりベター」を求める行動にネガティブなレッテルを貼るのは違和感があります。上手くいっていないように見えるなら、個別で話をすれば良いのではと思います。

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