アーカイブ

#62 「肩書きは関係ない」「実力があれば良い」は本当?

前回の記事(#61 必要な人が必要なものを選択出来ること)で、消費者、利用者の情報リテラシーについて少し触れました。

情報リテラシー能力というのは、ある程度必要とは思いますが、如何にもそれらしく見せることが上手な人は存在しますし、その領域の専門家であっても惑わされることもありますから、専門外の人にとってはそれらを見極めるのは難しいと思います。

ですから、その判断材料のひとつとして「肩書き」というものは入ってくると思います。医療関係だと、医師という肩書きは影響が強いと思います。もちろん医師だからと言って、手放しで信用出来るわけではありません。

そうはいっても、医師になるプロセスというのは、専門外の人が独学で独自の理屈を振りかざして成り立つようなものではありませんから、消費者、利用者が選択を迫られた場合に、こういった肩書きを選択するのは、明らかに根拠のないもの、トンデモを引き当てる確率は低いかも知れません(ただし医師といっても専門外のものであれば話は違ってきます)。

「肩書きは関係ない」「実力の世界だ」というセリフは、専門家側からも聞かれることがありますが、このように考えてみると、何かしらの肩書きがあるかないかというのは、選択する側としては判断材料のひとつとして大きな要素と言えると思います。

理学療法士においては、養成校の増加によって「理学療法士」という肩書きの価値が下がっているであるとか、「理学療法士」であること自体に価値はないといった意見を見聞きすることがあります。

このことについては色々思うことはありますが、少なくとも理学療法士になるためのプロセスは、当然他職種とは違うわけですから、違いを示すことは出来るはずです。違いを示すためには、他職種についてある程度知っている必要があります。

現状では対象者がどの理学療法士を選択するか、理学療法士を含めた多職種の中から選択するといった機会は多くないと思いますが、病院や医師を選ぶように理学療法士を選ぶ、理学療法士を含めた多他職種の中から選ぶという機会は増えてくるかも知れません。

その時には、理学療法士という肩書き、その他の肩書きというものは、選ぶ側にとっては判断材料のひとつになるはずです。「実力があればいつかは売れる」という考えだけでは難しいのは、例えばパーソナルトレーナーだと、売れていることと、実力の高さは必ずしも比例しません(両方を満たしている人はもちろんいます)。

そもそも、「実力がある」というのは、前提として考える方が適切なように思います。何をもって一定かは難しいので便宜的な表現になりますが、一定の水準を満たしていないにも関わらず、「売り方」「見せ方」に力を注ぐのは違和感がありますが、「実力があればいつかは売れる」という考えだけでは、厳しい環境もあると思います。

病院勤務であれば、現状では「売り方」「見せ方」をそれほど意識する必要はないかも知れませんし、言い換えれば臨床に関することに集中しやすいかも知れません。そのプロセスの中で結果的に何かしらの肩書きが生まれることもあると思います(他の資格の取得、研究など)。

一方で、いわゆる健常者を対象にするような領域で活動するのであれば、他に既に活動している他職種がいるわけですから、その他職種との違いを明確に示すことが出来なければ、選択されることは難しいかも知れません。

「職域を広げる」ことは職能団体としてもポジティブな面がある一方で、既にその領域で活動している他職種との連携が必要であったり、時にはライバル関係となる可能性があります。その時に、他職種を否定するのではなく、自分に何が出来るかということを客観的に示すことの出来る肩書きはあるに越したことはないと思います。

「肩書きは関係ない」「実力があれば良い」ということは、実際に活動する機会が与えられている場合はその通りですが、「実力があるかどうか」を示すには実際の活動の機会が必要になります。その時に肩書きがきっかけになることもあるかも知れません。

「肩書きは関係なく実力があれば売れる」として、肩書きを並べている人を批判する人も時折目にすることもありますが、本人はどうでもよくても現実にはあった方が良いこともあると思います。特にフリーランスで働くのは大変でしょうから、私は肩書きもないし今の職場で頑張ろうと思います。

【関連記事】

(リ)コンディショニングメモ

#88 もし新卒理学療法士がフィットネスクラブで働いたら

#98 ジムスタッフとパーソナルトレーナーの違い?

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする