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#56 信用される専門職になるためには?

元々はプロ野球のトレーナーになりたいという、ぼんやりとした希望がありました。それは立花龍司氏の影響も大きかったように記憶しています。その立花氏のあるエピソードを今でも覚えています。とは言え、うろ覚えですが。

立花氏がプロ野球チームで働いていた頃、ある選手から質問を受けたそうです。その質問に対してその時は答えられず、「調べておきます」と答えたそうです。わからないことを誤魔化して答えるのではなく、わからないことをちゃんと調べてから答えるという態度が、その選手が立花氏を信用するきっかけになったということでした。

「質問に答えられないと信用されない」と考えて、何となく答えてしまうのではなく、わからないことはちゃんと調べてから答える、曖昧なことを断定的に話さない、そういった態度が信用を得ることに繋がったということだと思います。

考えてみると、保身の為に誤魔化した仕事は、明らかに質が低いもの、場合によっては負の影響を与えるものになりかねません。保身のつもりが結果的には、信用をなくすことになるかも知れません。

もちろん、何を質問されても「後で調べておきます」では、そこにいる意味がなくなりますから、それは極端だとしても、誤魔化して取り繕うのは専門職がすることではないと思います。

「謙虚であることが大切」という話を時折見聞きしますが、「謙虚な態度は自信がなさそうに見える」と捉える人もいるようです。しかし、謙虚と自信は相反するものではないと思います。

現状に満足していない、もっとよりベターがあるかも知れない、そのように考えていると、「俺は凄い」「これが正しい」とは簡単に言えなくなりますし、それが謙虚な態度に繋がるのかも知れません。

一方、自信があるというのは、「俺は凄い」「これが正しい」と胸を張れる実力を持っているということもあるかも知れませんが、個人的には違った考え方もあると思います。

それは、立花氏のエピソードにあった、「わからないことを認める」というのは、謙虚な態度である一方で、自信がないと出来ないことかも知れないということです。

つまり、「これに関しては、ここまで知っている、これくらいの結果は出せる」という、専門職として自らの仕事の質を認知しているということです。「それなら任せて下さい」「これくらいまでは保証します」と自信を持って言えるかどうかということです。

「出来そうな気がする」「上手くいったら良いな」では、そのようなことを自信を持って言えないと思います。もちろん、やらなければわからないこともありますし、こういったことが専門職の必須条件と言いたいわけではありません。

ただ、保身で誤魔化したり、出来そうな気がするという曖昧な感覚で自信を持てるかと言えば難しいでしょうし、それで自信を持っているのであれば、虚勢を張っている、自身を過信していると言えます。

そうであれば、対象者にとって良い結果どころか悪い結果が待っているかも知れませんし、専門職も信用を失うことになるわけですから、どちらも不幸だと思います。

わからないことをわからないと認められる、出来ないことを出来ないと認められるくらい、知っていること、出来ることを少しずつ増やしていくことで、当たるも八卦当たらぬも八卦みたいな仕事から、少しずつ抜け出せるのではと考えています。

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