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#55 「筋トレだけではダメ」という論調について

「筋トレだけしていてもダメだ」「徒手療法だけではダメだ」といった論調を見かけることがあります。「○○だけではダメだ」という話ですね。「○○だけ」って誰が言っているのかというところが気になります。

「筋トレだけで十分だ」「徒手療法で全て良くなる」と主張している人がいるのであれば、そのような論調はわかりますが、そうでなければ、「そりゃ○○だけでは不十分なことはよくあるでしょうね」というくらいの感想です。

「木を見て森を見ずって言うけど、木も大事だよね」というのもそうですが、「木を見て森を見ず」という言葉に、「木は大事ではない」という意味は含まれていないと思います。

何かを題材にして展開していく上で、そのような方法を選択するのはよくわかる気がしますし、自身でも使いますが、気をつけないと妄想を批判するという自作自演になって、建設的な議論のネタになり辛いということになりかねません。

筋トレの話をしているからといって、「筋トレしか頭にない」「筋トレだけで十分だ」と考えているわけではないでしょうし、そこに「筋トレだけではダメだ」とツッコんだところで、「そうですね、まあそんなことは言ってませんけど。」で終わりです。

徒手療法の話をしているからといって、「徒手療法しか頭にない」「徒手療法だけで十分だ」と考えているわけではないでしょうし、そこに(以下略)。

しかし、何かを熱心に学んでいると、「○○は奥が深い」と考えるようになり、いつしかそれで色々なことが解決出来るかのように考えることはあるかも知れません。それが極端になると万能な手段であるかのような錯覚に陥ることもあるかも知れません。

【参考記事】

(リ)コンディショニングメモ

#92 「徒手療法」は万能か?

結局は、いつものことながら目的と手段の話になると思います。それぞれの手段の特徴を知ることで、よりベターな選択が出来るようになってくると思います。筋トレしか知らなければ、筋トレをするか何もしないかの2択、徒手療法しか知らなければ、(以下略)。

具体的なケースと目的抜きに手段を比べて、「どちらが優れているか?」という話は出来ません。「最新の」、「流行りの」という枕詞は特に意味をなさないことが多いと思います。

【参考記事】

(リ)コンディショニングメモ

#101 自体重のトレーニングは優れているのか?

「知識や技術だけではダメ、結局は人間性だ。」というのも同じようなものだと思います。「人間性」ってそもそも何を指すのかよくわかりませんし、共通認識がなければ、「知識や技術だけではダメ、結局は人間性だ。」という言葉は特に何も言ってないのと同じかも知れません。

人間性が大事と言いながら、知識や技術を高めようとしない専門職は、果たして人間性が高いと言えるのかという見方もあります。

話はやや脱線しましたが、「○○だけではダメ」という論調についての感想を書いてみました。

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