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#52 「批判は無視しろ」で本当に良いのか?

「批判は無視しろ」といった話はSNSなどで時折見聞きします。これは批判という言葉をどのように捉えるかで、感じ方は違ってくるように思います。まず、批判、頭ごなしの否定、誹謗中傷、論点のずれた指摘、これらは全て違うものだと考えています。

一般的な会話として、例えば、「俺カレー好きやねん」と言ったとして、「あんなのどこが美味しいのですか?味覚がおかしくないですか?」と言われても、「いや、俺は好きで、あなたはそうなじゃないというだけでは?」といった感想を持っても自然な反応のように思います。

これは、スポーツとかバンドとか芸能人など、色々当てはまると思います。野球が好きな人に対して、「あんなのどこが面白いの?やっぱりサッカーでしょ!」と言われても、カレーの例えと同じような感想になるかも知れません。

他人が好きなものが、自分がそうではないとしても、わざわざそれを否定するということを「批判」と捉えるのであれば、「批判は無視しろ」というのはわかります。しかしながら、批判という言葉を確認してみると、そういった類のものは批判とは言わないのではと感じます。

1.物事に検討を加えて、判定・評価すること。「事の適否を批判する」「批判力を養う」

2.人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること。「周囲の批判を受ける」「政府を批判する」

3.哲学で、認識・学説の基盤を原理的に研究し、その成立する条件などを明らかにすること。

出典:goo辞書

そもそも他人が好きなものに対して、それを否定して改めさせるような行為は、何の生産性もないように感じますが、もしかしたらケースバイケースかも知れませんし、そういう人は確かにいるように思います。

好意を寄せる人に好きな人がいるとして、「あんなやつのどこがええねん?」というような青春真っ盛りの一幕を考えれば、まあ微笑ましいと言えばそうかも知れませんけど。

別の例えでは、「学校の勉強なんて何の役にも立たない」と言って、学校の勉強を頑張ろうとしている人に水を差すことを考えてみます。学校の勉強が役に立つか立たないかは、その人次第という部分もありますし、少なくともやらない人が役に立つかどうかはわかりません。

学校の勉強をしない代わりに、何か別のことに励むということであれば、そういうケースも当然あると思いますし、それが才能を開花させて世の中の役に立つこともあるはずです。しかし、学校の勉強をしないだけで特に代替のものがなければ、選択肢を狭めることになるかも知れません。

「そういうムダとも思える時代があったからこそ、今の成功した俺があるんだ」というような自己啓発本みたいな話もありますけど、それこそ個人のケースの話であって、他人にそれを推奨するような類のものではないと思います。

自分を肯定するために、相手を否定することを批判とするのであれば、それは「無視」してもいいように思います。しかし、先ほどの引用にあったように、それは「批判」とはまた違うと言えます。

「自分らしく生きる」ことをわざわざ主張する人もいますけど、それを他人に説く時点で、その他人の「自分らしく生きる」ことを否定しているようにも思えます。そもそも個人的には「自分らしく生きる」という言葉は好きではありませんが、これも個人的な感想に過ぎません。

さて、私は理学療法士なので、それを例に考えてみます。自身の臨床に対して、他人が批判するとしましょう。このケースにおいて、「批判は無視しろ」は当てはまるでしょうか。もちろん、「そんなの意味ない」といった、頭ごなしの否定であれば、建設的な議論も出来ませんから、無視するというよりもどうすることも出来ないかも知れません。

しかし、実際の多くは、何かしら別の視点やアイデアを有しているからこそ、批判していると考えて良いように思います。「批判」という言葉が、何か強い言葉に感じたり、ネガティブな言葉に感じると、否定だとか攻撃だといったように捉えるかも知れませんが。

対面で話をする際は、意図や目的などを確認するために、まず質問から入るのが自然でしょうし、その質問に回答したら相手も納得するといったこともあるでしょう。また、「それなら、こうした方が良いのでは?」という提案があれば、その内容を基に考えるきっかけになるはずです。

臨床において、「批判は無視しろ」では、まず前提としてして、行っている内容が絶対的に正しくないと、おかしな話に思えます。「俺流」「俺のやり方」はどうでも良くて、それが本当に対象者にとってよりベターなのかということだと思います。

批判される相手が尊敬する人であれば聞き入れ、そうでない人は無視といったこともあるかも知れません。しかしそれは、見下した相手の言うことは受け入れないといった態度のようにも思えます。

例え学生の疑問や指摘でさえ、それが本当に的を射たこともあるはずです。それを「学生のくせに」「臨床してから言え」といった態度で無視するような理学療法士であれば、その理学療法士が無視されるようになるかも知れません。

自分自身が一生懸命に勉強し、練習し、考え抜いたことに対して、他人から批判されることは確かにダメージを受けることもあると思いますが、「言われてみればその通り」といったことはよくあるはずで、それを無視していては、進歩がないように思います。

もちろん、批判する側の態度が問題ということもあると思います。相手の目的や意図を確認しないまま、持論を展開するような態度だと、聞き入れる気も失せるかも知れません。しかしそれは批判ではなく、ただの自己主張であると考えることも出来ます。

上下関係ではなく、様々な立場、様々な視点や考え方を共有し、より適切な、よりベターなものを考えていきましょうという共通認識があれば、発展性のある議論になると思います。

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