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#51 認定理学療法士を例に専門性を考えてみました。

例えば理学療法士は、認定理学療法士や専門理学療法士といった、各領域に分けた認定制度があります。ここでは認定制度自体の是非について取り上げるつもりはありませんが、専門領域を分けることについて便宜的な例として取り上げます。

運動器の認定理学療法士が脳卒中の患者さんの理学療法が出来ないかと言えば、そういうわけではなく、また運動器の認定を受けていない理学療法士が、認定を受けている理学療法士よりも能力が劣っているかと言えば、そういうわけではないと言えます。

また、何の認定も受けていない理学療法士が認定を受けている理学療法士よりも、能力が劣っているかと言えば、そういうわけではないと言えます。

とは言え、認定を受けているということは、必要なポイントを取得したり、レポートと試験をパスするというプロセスがありますから(今後制度も変わっていくようですが)、そういった取り組みを通じてその領域に関する知識は一定レベルは担保されていると考えることも出来ます。

ただ、こういったことは良くも悪くも個々の取り組み次第であって、認定に必要なポイントは取得していなくても、学ぶ方法と選択肢は多くありますし、日常よく担当する対象者の違いや傾向、職場の環境など、かなり多くの要素が理学療法士の能力に影響を与えると思います。

運動器の患者さんばかり担当しているのと、運動器と脳卒中の患者さん半々くらい担当しているのと、運動器と脳卒中以外にも様々な患者さんを担当しているのでは、違ってくると思います。

どれが一番良いのかという話ではありません。それぞれの領域で学ぶべきことというのは、膨大にあります。その領域固有とも言える部分もあれば、普遍的な共通した部分もたくさんあります。

運動器だからと言って、筋骨格系の解剖学や運動学だけで対応出来るかと言えば、もちろんそういうわけではなく、例えば骨折後の不動の影響による慢性疼痛を考えても明らかに不十分と言えます。

【参考】

(リ)コンディショニングメモ  #2 「廃用症候群」と「疼痛」について

脳卒中にしても二次的な影響によって運動器の問題は十分起こり得るでしょうし、その問題がまた中枢の問題を引き起こすという悪循環も想定されると思います。また、既往症がある中で新たに受傷、発症するというケースもあります。

ですから、運動器は運動器の認定理学療法士、脳卒中は脳卒中の認定理学療法士といった分け方は無理があると思います。そもそも本来は認定を持っていようがいまいが、最低限の共通の基盤となるものは養成校で学びますし、日々の臨床を通じた経験と不足を補う学び、新たな視点の取得といったプロセスによって、それを強化していくものと考えることも出来ると思います。

しかし、だから認定制度は必要ないという意見ではありません。個人的な解釈ですが認定を受けることが一流や超一流を示すわけではなく、どちらかというとクリアすべきボーダー(それをどのように設定するかという問題は別であると思います)というものがあって、認定を受けていることはそれを証明するものという位置づけかなと考えています。

そういう位置づけだと仮定すると、もちろん認定を受けていないからと言って、そのボーダーをクリアしていないというわけではなく、軽くクリアしているような一流レベルの理学療法士も多くいると思います。ただ、その認定という客観的な指標のひとつは持っていないという話だと思います。

最初に書いたように制度の是非について、ここでは触れるつもりはありませんが、専門領域や認定や資格を考える上での例として取り上げました。認定制度はこれから変わっていくようですし、それに伴って状況も変化するかも知れません。

理学療法士自体が専門職ですから、それを各領域に分けることはある意味では便宜的なものであり、決して別々のものではないという観点は必要だと思いますし、それが視野の狭窄による可能性の狭小化や、領域の違う理学療法士同士の齟齬を生み出すことを避けることにも繋がると思います。

こういったことは、他職種でも同じように、完全に専門領域を分断することは困難だと思います。オーバーラップしている部分を共通言語、共通認識として持っておくことが、連携に必要な要素のひとつだと考えています。

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