アーカイブ

#50 「薬でも手術でも良くならなかった症状を改善させた」という話

「薬や手術でも良くならなかった症状を改善させた」といった謳い文句を時折見聞きすることがあります。商売として考えるとこういったインパクトのある表現で、注目を集めるということはひとつの方法なのかも知れません。

しかし、目的と手段という観点で考えてみれば、(その)薬は適応でなかった、(その)手術は適応でなかったというだけで、「改善させた」という手段が、偶然だとしても「適応であった」というだけの話かも知れません。

それを、「薬や手術よりも優れた技術・能力」といったニュアンスを含ませるから、おかしな表現に感じるわけです。そもそも、「改善させた」といっても、一時的なものもあるでしょうし、「改善出来なかった」ケースもたくさんあるのではと思います。

仮に、本当に殆どの症例で「薬や手術でも良くならなかった症状を改善させた」のであれば、そんな謳い文句をたくさん垂れ流す必要もないでしょうし、全国各地からたくさんの人が集まって忙しいでしょうし、そうだとすれば何度もセミナーを開催する余裕もないかも知れません。

もちろん、本当に実力があって、忙しい中でも志をもってセミナーを開催している人もいるとは思いますが、ちまたに溢れているそのような謳い文句を使用している人達が、みんなそんな人ばかりではないでしょうね。個人の感想ですが。

観方を変えると、「その人の能力ではどうにもならない症状を、薬や手術だと改善出来る」というケースもたくさんあるはずです。

「色々なことやものを試してきたけど良くならなかった」というケースは、それらの質に問題がなかったのであれば、適応でなかった可能性が高く(その対象者固有の問題も考えられますが)、そうすると原因と解決する手段が絞りやすくなるということもあると思います。

ですから、「色々なことやものを試したけど良くならなかった」というケースは、改善が難しいケースかも知れませんし、改善する手段が絞られてきたケースかも知れません。

今までの手段の質の問題ということもあると思いますが、適応ではないにも関わらず、「その質の問題だ」と、特定の手段に固執することもまた問題だと思います(参考記事:【(リ)コンディショニングメモ】#51 正しいトレーニングをすれば上手くいく?

例えば理学療法といっても様々ですが、理学療法士は特定の手段屋さんではありません。適応と判断した手段を用いて、対象者にとって良いことを提供するという側面がありますが、理学療法ではどうにもならないケースも当然あります。

理学療法ではどうにもならないケースでも、他の手段をもちいれば見事に良くなるということは当然たくさんあるわけですから、仮に理学療法士が「薬や手術でも良くならなかった症例を改善させた」と、大げさに謳うのは違和感があります。

適応かそうでないかを適切に判断出来る能力(専門外であればその専門家に紹介するといった能力も含めて)と、適応であれば適切な介入によって対象者にとって良いことを提供するという能力が、専門職として必要なように思います。

もちろん、そんなスマートに決まることばかりではありませんし、むしろスマートには決まらないことの方が多いかも知れませんが、その中でもより良いことが出来るように試行錯誤していくことが大事だと考えています。

他の専門性を否定して優位であるように振る舞っても仕方ないと思います。上手くいったことを並べて良く見せるのではなく、そうでなかったことと向き合うこと、それを他者と共有することで何かしらの進歩に繋がるかも知れません。

スポンサーリンク
ブログ用PC

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
ブログ用PC