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#48 インプットとアウトプット

「インプットだけでなくアウトプットが大事」といった話は、今でもよく見聞きします。学生の勉強を例に考えると、授業で学んだことを書き出してみたり、誰かに説明したり話し合うことで、自身の理解度の確認や知識の整理が出来るといったメリットがあると思います。

もしそのような作業がなされないまま、情報を取り入れ、自分の頭の中で思考を巡らせているだけでは、気づかないこともあるかも知れません。外部と内部の循環が大事と言えばそれらしく聞こえますが、まあそういうことだと思います。

理学療法士養成校の学生で考えると、机上の勉強やクラスメイト相手の実技練習から、臨床実習で実際の患者さんと関わり、能動的に行動する場面になった時に、何のために必要な知識もしくは技術なのか、何を考える必要があるのか、自身に足りないものは何かなど、色々気づかされることがあると思います。

そして、実際に理学療法士になった時に、文献や講習会などで学んだことをアウトプットするといった時に、ブログであったり、自ら講習会を開催するという手段もあると思います。確かに実際に文章にしてみたり、講習の準備と実際の講習といったプロセスは、思考の整理や新しいアイデア、曖昧な部分の確認といった作業を含みますから、それは自身の為になると言えます。

しかしながら、そういったことを否定する意味ではもちろんありませんが、本来のアウトプットの場は臨床であることが前提だと考えています。もちろん何も考えずに患者さんを練習台にするのは問題ですが。講習会で学んだことを、自身の臨床において活かすことが出来ないまま、講師としてアウトプットするのであれば、それこそ机上の空論になります。

もし真摯に臨床をしていて、日ごろから疑問や行き詰まりを感じている参加者であれば、具体的なケースにおいて、講師に相談や質問をするかも知れません。これといった正解はないとしても、その内容について臨床ならではの一筋縄ではいかないことに共感し、何かしらの考え方やアイデアを提示することが求められるように思います(もちろんケースバイケースですが)。

「アウトプットが大事だから」という理由で、受け売りの内容で講習会を開催したところで、そもそも目的が講師のアウトプットなので、参加者にとっては何らメリットがないかも知れません。それなら職場で伝達講習なりした方がまだ良いかも知れませんね。

極端に言えば、講習会を開催する主な理由が小遣い稼ぎでも良いと思います。しかしながら、好きなスポーツ選手やアーティストのことについて延々と語り、それに対して共感を求めるような内容(もちろん比喩)なのであれば、有料でやるものではないでしょうね。

参加者にとって役に立つものを提供するのが、講師の役割と考えると、やはりそれなりのものである必要があると思います。この辺りは参加者のリテラシーや心構えなど、さまざまな要素が関係しますし、講習会を自ら開催する人は、参加者の役に立つと考えていると思いますが。

結局は需要と供給だという考え方もありますが、明らかに根拠に乏しいものなどは、職能団体として考えた時にネガティブな要素が強いように思います。

簡単にまとめると、アウトプットは自由であるものの、そこにはいち専門職としての立場を考える必要があると思います。

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