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#41 モチベーションの話

フィットネスクラブに入会するような方は、何かしらの目的を持って、多くの場合は自らの意思で入会すると考えると、最初は少なくともモチベーションはある程度高いと言えると思います。では病院で入院している方はどうでしょうか。

例えば人工関節の手術を受けられるような方は、(不安や辛さはあるにしても)前向きな気持ちで臨んでおられるケースもあると感じます。しかし、突然の発症や発覚、受傷といったケースに関しては、簡単には前向きな気持ちにはなれないことも多いと思います。

「目が覚めたら病院だった」「事故(事件)のことは全然覚えていない」といった話は患者さんからよく聞きます。また、そのように伝えることも出来ない、長く状況が把握出来ないといったケースもあります。そして運動麻痺、感覚障害、疼痛、高次脳機能障害といった機能障害を呈している状態です。

今までの身体とは違う、切断であれば自分の身体の一部がなくなる、簡単に出来たことが出来ない、それまで計画していたことが白紙になる、これからどうなるのか全くわからない、そういった状態になった時に、最初から「さあここから頑張ろう!」とは、なかなかなれないことは、想像に難くないかと思います。

ここでは方法論について言及するつもりはありませんが、フィットネスクラブで働いていた時の対象者とは、少なくともその部分においては全然違うと感じるところでもあります。

ケースによることは当然として、それでも徐々に前向きに取り組もうとされるようになっていきます。その要因について言及するつもりはありません。ただ言語化が困難ではありますが、「凄いな」と。本当に。

人間としての関わりとか、そういったことを考えるには当然として、専門職として出来ることは何かという視点は常に持っておく必要はあると考えています。家族や友人の役割を担うケースがあることは否定しませんが、家族や友人では難しいこと、それを専門性として考えても差し支えないかと思います。もちろん、人間同士の関わりですから、オーバーラップする部分も大きいとは思います。

ですが、患者さんが少し落ち着かれた時、理学療法士に求めること、それが可能かどうかということは別として、「今まで通りに動けるようになりたい」といったことだったりします。「何のために動けるようになりたいのか?」という視点はもちろんあるでしょうけど、「今まで通り動けるようになりたい」と考えることは、自然なことではないかと思います。

障害受容と言えば何だかそれっぽいですけど、良くなれるならなりたいと思うことを、「障害受容が出来てない」と片づけるのは違和感があります。理想的な話ではありますが、その障害の程度を極力減らすこと、そういった視点は持っておく必要があると感じています。ICFの考え方はここではおいておきます。

医学の発展、科学技術の進歩、それによって仕事が奪われるという話はナンセンスとまでは言いませんが、医学の発展や科学技術の進歩を願わない医療従事者がいるとすれば、どうなんでしょう。いや、永遠の命とかそういった話ではないです。

ロボットに仕事を奪われるじゃなくて、「こういうロボットがあれば嬉しい」と、提案するくらいじゃないとダメだなと。これは歩行ロボットのイベントで感じたことですけども。

本当は前回の続きで報酬の話を書こうと思っていたわけですが、違う話になりました。まあこういう話があった方が(個人的な見解を大いに含みますけど)、報酬にも繋がるかなということは、後付けです。そのうち続きを書こうと思います。