アーカイブ

#32 いわゆるリハビリはマイナスからゼロが目標?

いまだに、「◯◯トレーニングは効果的だ(もしくは効果はない)」、「◯◯トレーニングは△△トレーニングより優れている(もしくは劣っている)」という、結論の出ない議論が時々ありますね。

「ケースバイケースだ」と言えばそれまでですけども、個人的に前提として必要なのは、「どこを目指すのか」ということだと考えています。

例えば患者さんなら、杖歩行の獲得を目指すのか、独歩の獲得を目指すのかということです。もちろんどちらが良いか悪いかという問題ではありません。

例えばアスリートなら、現状の体力レベルで獲得できるパフォーマンスを追求するのか、現状の体力レベルを向上させて一段上のパフォーマンスを追求するのかということです。もちろんどちらが良いか悪いかという問題ではありません。

個人的な考えは以前書いたように、予備力は高いに越したことはないということです。

fotolia_118426786_subscription_xxl1

杖を持って何とか歩けるレベルなのか、杖なしでも歩けるけれども、持っておく方がより実用的というレベルなのかでは、同じ杖歩行でも全然違います。

ピッチャーが全力で投げて150kmなのか、少し抑えて150kmなのか、同じ150kmという球速でも、特に球数や身体の負担を考えても全然違います。

体力は様々な体力要素に分けられるわけですけど、予備力が高いということは、それだけ余裕があるということになりますから、日常生活にしても、スポーツにしても、より高く安定したパフォーマンスを発揮する条件のひとつになると言えます。

これを前提で考えてみると、現状で既に備えている能力で余裕を持って遂行出来るような課題を繰り返しても、現状の能力を引き上げることは出来ません。

(商品としての)体幹トレーニングを例に挙げると、最初はやったことのない運動ですから、上手く出来ない可能性もあります。それを、「ほら、体幹が弱いとダメですよ」という文脈はおかしいのです。

数回やれば出来る、次の日も、一週間後も出来ているのなら、次のステップに移らないと効果的でも効率的でもありません。

これは、いわゆる促通が必要な筋に対するファシリテーションテクニックでも同じです。促通する先には、必ず動作があるはずなので、促通してもその先の動作に汎化されなければ、それこそ即時効果で終えてしまいます。

即時効果を発達効果に移行させるという視点、運動学習の視点がなければ、筋力は上がったけど、関節可動域は改善したけど、動作は変わらないということになるかも知れません。

いわゆるメディカルの分野、私の場合は理学療法士ですが、対象が患者さんであれ、予備力が高いに越したことありませんし、適応であるならばしっかりレジスタンストレーニングを行えば良いと考えています。

よく、いわゆるリハビリは、「マイナスからゼロを目指す」という例えを用いる人がいますけども、発症前、受傷前の何らかの体力レベルよりも向上させることは可能というケースは少なくないと思います。

骨折で免荷や固定を余儀なくされたとしても、他の部位に負荷をかけることが問題ないケースなら、むしろ入院して出来る運動が制限されているからこそ、しっかりトレーニングしておく必要があります。もちろん疼痛管理や、他の部位の運動が患部に影響を与える視点は必要です。

患部に負荷をかけられないけれども、他の部位を動かしておくことで、患部の廃用をある程度抑制出来ることもあります。

入院前より筋力が向上した、関節可動域が改善した、姿勢が改善された、歩行能力が向上したというケースは、特別なケースではありません(もちろん疾病や障害の程度によりますが)。

「患者さんだから」「リハビリだから」という、何となく、「だからそこそこで良い、そこそこしか出来ない」というイメージがあるかも知れませんが、それは余計な先入観かも知れません。

例えば、「退院したら現場に復帰しないと」と重いものを運んだり、高いところに登ったり、不安定な足場を移動したりと、日常生活よりはるかに上のレベルが必要な患者さんに対して、「そこそこ」じゃ困るわけですね。

「その人にとって何が必要か」「どこを目指すのか」ということを考える必要があります。もちろん現実的には折り合いをつける必要がありますが、「専門家の能力不足によって、折り合いをつけるレベルが低くなる」ことは避けたいです。

そういうケースは私自身にもあります。ですから、この先関わる患者さんには、過去の患者さんよりも、より質の高いものを提供しないとダメだと考えています。

さて、最初の話ですが、結局のところケースバイケースなのですが、「体幹が大事」など、局所を指すことは便宜的に、またケースとしてあるでしょうけど、「目指すところ」をちゃんと考えたら、方法論に終始することはないと思います。

「必要ならするし、でもそれが出来ることが目的ではないので、クリアしているなら次のステップへ」ということを考えておく必要があると思います。

枝葉のことについて、普遍性があるように語ると破綻するのは目に見えていますが、商売を考えると致し方ない部分もあるのかなと思います。時に批判すべきこともあると思いますが、目指すべきところを示した方が、またそれを考えていく方が建設的かなと考えています。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする