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#20 「体幹トレーニングVSベーシックなレジスタンストレーニング」

「体幹トレーニング」という言葉をよく目にするようになって、結構経つように思います。「体幹は重要だから体幹トレーニングはやるべきだ」と主張する人もいれば、「重要なのは体幹だけではないし、ベーシックなレジスタンストレーニングを行えば、体幹も鍛えられる」と主張する人もいます。このような対立構造を設定して書くのは自作自演ですけど、このようなことは体幹に限らずよく目にします。

「どちらの主張が正しいのか?」というのは、結論は出ないと思います。具体的なケースを設定しないまま、手段・方法を比較しても仕方ありません。「どちらも行えば良い」ケースもあるかも知れません。そもそも「体幹とは?」「体幹トレーニングとは?」という部分の共通認識がなければ噛み合うはずもありません。

一歩引いてみると、「体幹トレーニング」も「ベーシックなレジスタンストレーニング」も「トレーニング」の一部です。例えばプランクとスクワットでは運動そのものが全然違うわけですから、比較するのはおかしいということになると思います。具体的なケースでは、どちらが目標を達成させる上で、安全で効率的で効果的かということになると思いますが、先ほど書いたように、「どちらも行えば良い」ケースもあるかも知れませんし、そもそもトレーニングではない他の手段がベターであるということも当然あるはずです。

以前の記事でも触れましたが、少なくとも現場においては、名称それ自体は大した問題ではありません。「体幹トレーニング」という名称は、商品として使用しているケースがあるわけですから、一般向けの名称とも言えると思います。「これさえやればOK!」「これをやることは必須だ!」というような極端なものは疑問がありますが、色々な商品名はこれからも出てくるでしょうし、それが良い悪いの話でもないと思います。「体幹トレーニング屋さんVSベーシックなトレーニング屋さん」の構図ではないはずですから、どちらもトレーニングの一部であり、目的に合わせて選択すれば良いのではと考えています。

「体幹トレーニング屋さんVSベーシックなトレーニング屋さん」の構図なら、熱くなるかも知れませんが、トレーニングを目的達成の手段として活用する専門職であるならば、具体的なケースなしに、わざわざ比較する必要もないと思います。「これさえやればOK!」「これをやることは必須だ!」というような、手段ありきの短絡的思考と言いますか、思考停止に陥るのが問題なのだと思います。

相反するものではないものを比較するといったことは今までもよくあります。「クイックリフトVSスロートレーニング」、「筋力VS身体の使い方」、「インナーマッスルVSアウターマッスル(そもそも定義が曖昧)」などの対立を設定することはよくあるように思います。現場の人間からしたらどうでも良いと言いますか、各特徴や関係性を理解していればそれで良くて、「どちらが優れているか?」などといった価値づけは必要ないと考えています。

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