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#14 「○○が出来るようになりたい」を尊重する

対象者が患者さんであれば、「△△にならないように」という視点はいわゆる健常者と比較した場合は多いかも知れません。しかし、「△△になる」ことが、「◯◯が出来るようになる」を阻害する原因となり得るという関係性が見出せるケースでは、「◯◯が出来るようになる」の中に、「△△にならないように」を含めておけば良いと思います。わざわざ伝える必要がないかも知れないということです。わかりにくいですね。

例えば、ある動作が局所に過度なストレスをかけているといったケースでは、「このままでは腰を痛めますよ」と言うよりも、「もっと楽に動くことが出来ますよ」と伝えて実感して頂く方が、結局同じゴールを目指すわけですから、ポジティブな気持ちで取り組んだ方が良いのではということです。

あくまで一例なので、ケースバイケースなのは当然ですが、過度に気にすることで新たな別の問題が生まれるかも知れないということを頭に入れておく必要があると考えています。注意の対象とその程度により、姿勢も動きも変わりますし、気にすることで余計な心理的ストレスにも繋がるかも知れません。

色々なことが分かってきたり、観えてくることで、それをつい対象者に伝えたくなることもあるかも知れませんが、それが与える影響が果たして望ましいのかどうかを考える必要があると思います。もしかしたら、分かっているつもり、観えているつもり、というような勘違いも大いにあり得るわけですから、なおさらだと思います。

このようなことから、「△△になりたくない」よりも「◯◯が出来るようになりたい」という部分を大事にした方が良いケースが多いのではと思うわけです。

怪我をしたくないと第一に考えるアスリートよりも、より良いパフォーマンスを発揮したいというアスリートの方が多いと思います。怪我の経験のあるアスリートは怪我をしたくないという想いが強いかも知れませんが、怪我をしないでプレイすることが目的になるケースは多くないと思います(この辺を触れ出したらキリがないですが)。

極端に言えば、予防というのは、「△△になりたくない」だと言えるかも知れません。予防というアプローチは、ならなければ達成かも知れませんが、そのアプローチが功を奏したのかどうかを個人レベルで考えるのは難しいと思います。

それならば、予防という要素を含んではいるものの、「◯◯がしたい」「◯◯が出来るようになりたい」を目指した方が、QOLという観点から考えても、望ましいのではと思います。もちろん望ましいと考えるかどうかは対象者本人なわけですけど、個人的にはこういった視点も持っておきたいと考えています。

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